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最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)1002号 判決 1966年3月31日

上告人 (旧商号 大開油業株式会社)興和化成株式会社

右代表者代表取締役 安藤忠義

被上告人 深たつ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人草信英明の上告理由について

原審が確定した事実関係のもとにおいて、上告人が訴外亡深勝吉に被上告人を代理する権限がなかったことを知らなかったのは、上告人の過失に基づくものであるとした原審の判断は、正当であって是認できる。しからば、同訴外人は上告人に対して民法一一七条二項により無権代理人としての責任を負うべきものでないから、被上告人が、同訴外人の死亡により、相続人として同訴外人の地位を承継することにより、本件代物弁済予約等の契約が被上告人につき効力を生ずるものでないことも明らかであり、これと同趣旨に出た原審の判断は正当である。それ故、論旨は採用に値しない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

上告理由

上告代理人草信英明の上告理由

原審判決は

1 訴外深勝吉は上告会社からガソリン代金につき厳重な督促を受けた為め被上告人に無断で本件宅地(第一審判決添附目録(一)記載の宅地四筆)を担保に差入れる旨上告会社に申出被上告人名義を冒用して本件宅地を抵当に供することを承諾する旨の書面(乙第一号証)を作成上告会社に交附するとともに二〇万円の借増しを申入れ一方所轄区役所に対しほしいままに被上告人の実印の改印届をなし右偽造印章により被上告人の印鑑証明書四枚の下附を得たうえ右印章、印鑑証明書を上告会社に提示し上告会社をして被上告人が本件宅地の担保提供を承諾しているものと誤信させたこと

2 ついで右勝吉は昭和三四年三月二七日上告会社代表者安藤忠義とともに司法書士山田正光事務所に赴き同司法書士をして右印章、印鑑証明書を使用して被上告人名義の本件宅地に関する前記五〇万円の債務担保のため抵当権設定登記、賃借権設定仮登記の各申請書類、委任状(甲第二号証の三、同第四号証の三)等を作成せしめ右書類に基き第一審判決添附(二)目録記載の各登記をなさしめるにいたったものであること等の事実並に

上告人は勝吉から被上告人名義の承諾証、印章、印鑑証明書等を示されて勝吉に被上告人の代理権ありと信じたこと

勝吉が本件無権代理行為につき被上告人から代理権を与えられておらず被上告人の追認をも得られなかったことを認定している。

したがって上告人は勝吉が被上告人名義の承諾証、印章、印鑑証明書等を示しその旨申述べた為め被上告人が本件宅地の担保提供を承諾したものと誤信し勝吉に被上告人の代理権があると信じたものでこの様に本人名義の承諾証、印章、印鑑証明等を示されれば代理権があると信じるのが通常であるから上告人が勝吉に被上告人の代理権がなかったのを知らなかったのはその過失に因るものではない

しかるに原審判決は

上告人が勝吉から印鑑証明書等を提示されたのみでただちに被上告人の代理権を有しているものと信じたのは軽率のそしりを免れないのみならず勝吉が権利証を交附することができないのにこれにいささかの疑念もさしはさまなかった点及容易に被上告人の真意を確め得るにかかわらず直接被上告人について調査することを怠った点等を参酌すれば上告人には勝吉に被上告人の代理権なきことを知らざるにつき過失があったものというべきである。と為されている。

その為め原審は上告人の注意義務を不法に重く解し民法第一一七条の過失の解釈を誤ったものである。

仮に上告人に過失があるとするも、前記の通り原審の認定した事実によると勝吉は被上告人名義の承諾証、印章、印鑑証明書等を上告会社に提出し上告会社をして被上告人が本件宅地の担保提供を承諾しているものと誤信させて勝吉に被上告人の代理権があると信じさせたのである。

その為め勝吉は上告人の過失を責めて民法第一一七条の履行又は損害賠償の責を免れることは民法の原則上できない。

ところが原審は右の点について審理しなくて上告人は勝吉に対し民法第一一七条による履行又は損害賠償の請求権を有するものでない。としているので審理不尽である。

もっとも最高裁判所において「被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではない」といふ判例(昭和三七年四月二〇日民集第九五五頁)があるがこの判例は無権代理人の相手方保護の為めおかれた民法第一一七条の規定を軽視したものでことに無権代理人に共同相続人がある場合は本人が無権代理行為の追認を拒絶すれば相手方は本人に対しては履行又は損害賠償の請求ができないが他の相続人に対しては請求できることになるので右判決は変更さるべきものと確信する。

よって前記民法第一一七条の過失の解釈の誤又は審理不尽の違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるのでこれを理由として上告に及んだ次第である。以上

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